
JASMINE WAHI - YUKAKO YAMASHITA
JASMINE WAHI – YUKAKO YAMASHITA
JASMINE WAHI - YUKAKO YAMASHITA
DETAILSジャスミン・ワヒ - 山下有佳子
WOMEN'S EMPOWERMENT Autonomy / Heteronomy
フォトグラファー桐島ローランド氏と共に、Y'sが持つ一貫した女性像を表現するアートプロジェクト。2019年4月にスタートが発表され、複数年に渡り撮影されたWOMEN'S EMPOWERMENT Autonomy / Heteronomyのフォトワーク。どのような形でも、意志を持ち、しなやかに存在する凛とした女性。それを、自身を持って表現する女性たちを、桐島氏が撮影し、アートプロジェクトを通して種々の「在り方」を映し出しています。
all the women. in me. are tired.
異なる背景と、ユニークなアートワークがデジタル・クリエイションされた写真表現。それぞれインスピレーションを得て導かれたワードをモチーフに、フォトグラファー桐島ローランドとアートディレクターのロザンヌ・カン・ヨバノブスキが作品上で導き出し表現するそれぞれの在り方。
Photographed/Creative Direction by Rowland Kirishima
Background Wall Artwork by Rosanne Kang Jovanovski
Jasmine Wahi - Yukako Yamashita, 2019
Photograph with Digital background and Art works
ジャスミン・ワヒ
キュレーター
1986年3月9日生まれ
キュレーター、アクティビスト、TEDx講演者、さらにはProject for Empty Spaceの設立者と様々な顔を持つジャスミン・ワヒの活動は、分野横断的なフェミニズムの視点を通じて、社会的言説に潜む複雑な二項対立の構造、多角的な文化的アイデンティティといった課題に取り組んでいる。MFA(美術学修士)を取得したニューヨーク美術大学では物語性と著者性について学際的な視点からの研究を行った。Project for Empty Space を運営し、インディペンデント・キュレーターとして国際展を手掛ける傍ら、ワヒはSchool of Visual Arts の教授として教育に関わり、South Asian Women's Creative Col lective (SAWCC) の役員も務めた。ワヒの作品はWa l l St reet Journa l, Vogue, Hypera l lergic,ARTNews など数多くのメディアに取り上げられている。現在は愛犬のモモと共にニューヨークのブルックリンを拠点としている。
山下有佳子
THE CLUBマネージングディレクター
1988年3月22日生まれ
東京都生まれ。慶應義塾大学を卒業後、ロンドンSotheby’s Institute of ArtにてArt Business修士課程を修了。2011年より2017年まで、サザビーズロンドン中国陶磁器部門でのインターンを経て、サザビーズジャパンにてコンテンポラリーアートを担当。主にオークションの出品作品集め、及び営業に関わり、ヨーロッパのオークションにおける戦後日本美術の取り扱い拡大に携わる。現在THE CLUBマネージングディレクターを務める。
二人が携わる、企画展「all the women. in me. are tired.―すべての、女性は、誰もが、みな、疲れている、そう、思う。―」が2020年にGINZA SIX 6F THE CLUBにて行われた。
JASMINE WAHI - YUKAKO YAMASHITA
DETAILSジャスミン・ワヒ - 山下有佳子
WOMEN'S EMPOWERMENT Autonomy / Heteronomy
all the women. in me. are tired.
彼女たちのワードには、ジャスミン・ワヒのステートメント「All the women. In me. Are tired.」を引用しましょう。それはとても力強い─ロザンヌ・カン・ヨバノブスキ, アートディレクター
あなたの人生において、やりたいことを見つけた重要な瞬間は、なんですか?
よくその質問を受けますが、私が小さい頃からずっとキュレーターになりたいと思っていたと聞くと驚かれることが多いです。私が一番最初にキュレーションした展覧会は?と尋ねられたら、私の母はきっと私が8歳の時に自宅の庭で開催した展覧会よ。と言うでしょう!私はこの展覧会を、幼少期の頃によく過ごした、ワシントンDCのダウンタウンにあったSmithsonain Asian Art MuseumにちなんでSackler Galleryと名付けました。母の立派なオブジェや自分の本やおもちゃを並べ、近所の人たちを私のSackler Galleryに招待し、看板を作ったり「アート」について語ったりしました。今日でも、そのことをぼんやりと思い出します。そして、私のキュレーターになるという夢は高校生の時に固まったような気がしており、いっとき、私はアーティストになりたいと思っていましたが、Marylou Woodという素晴らしい教授に出会い、初めてちゃんと美術史の授業を受けた後、私は美術史の虜になってしまい、二度とアートを作ることには戻りませんでした。あれから20年たった今、自分が8歳の時になりたい職業についているということが面白いと感じています。
誰から、何処から、そして、何からインスピレーションを得ましたか?
私のキュレーターとしての活動は常に社会運動が動機となっています。「社会運動」という時、その運動が必ずしもラジカルである必要はなく、むしろ、私は社会の中で密接に、ニュアンス的に出くわす動きや問題を反映させることに興味があります。例えば私はアイディアを得るためにフェミニズムを見て、解き、探ることが好きです。社会運動のみにインスパイアされているわけではなく、アートがどのように存在しているか、どのように変動して使用されるかなどアートとの関係からインスパイアされます。
あなたが何者になるか。それに影響した夢(できごと)は、なんでしたか?
私の両親と小学校のクラスメートたちです。私の両親は、インドからアメリカに移り住んだ移民で、私はアメリカで生まれ育った、インド系アメリカ人一世です。私のたくさんの感性は、彼らから生まれ、様々な文化への理解や世界を渡り行くことは彼らによって形作られました。同時に、私が育った環境は家族の伝統文化と非常に異なるものだったので、私がどう在るかは、学校で学んだ伝統と社会的行動によって徹底的に形作られました。異なる文化のなかで育つことは、子供にとっては非常に困難なことだったと思います。私は学校の中で、数少ない南アジア-アメリカンの子供で、それによって「異なる」存在にはなったけれど、その場に馴染みたい、または同じようになりたい子供からすればいい気分だったとは言えません。しかし、大人になって、様々な異なる文化的背景を持つことは自分にとって非常に特権で、今もっている視点を与えてくれたと考えています。
あなたの人生において、やりたいことを見つけた重要な瞬間は、なんですか?
アートによる社会貢献
茶道と、古美術に囲まれた家族のなかで、物心ついたときからアートを仕事にしたいと思っていました。祖母の姿を見て、アートの力を楽しむだけじゃなくて、社会貢献につなげたいと思いました。
もし、他の人生を選べるとしたら、何を選びますか?
毎年、年末になると、「今年も年初には想像していなかった一年になったな」と思い返すのが大好きです。なので、私にとっては毎年がフレッシュな自分。JUMPすることを怖がらないように意識しています。私のままこれからも想像できないようなわくわくする人生を恐れずに生きていきたいです。
まだ行った事がない場所で、行ってみたいと想うところは?
1960年代のニューヨーク。戦後まもないニューヨークに、ウィレム・デ・クーニングやジャクソン・ポロックといった作家や批評家、ギャラリスト、文化人が出入りしていたサロン「8th Street Club(通称:THE CLUB)」がありました。混沌としたなかで様々な人が集い、新しいなにかが始まる場所。私が理想とするギャラリーも、国内外から様々な人が集い、作品売買をするだけではなく、コミュニティとしても機能する場所です。なので、できるなら自分の目でその場所を見てみたいです。
あなたが何者になるか。それに影響した夢(できごと)は、なんでしたか?
自分の道を自ら切り開き主体性と自立、自信を兼ね備えた人間になること。祖母をはじめ、私のまわりにいる女性にはこの言葉を体現している人が多く、小さいころからこれが私のモットーです。
Photographed/Creative Direction by Rowland Kirishima
Background Wall Artwork by Rosanne Kang Jovanovski
Jasmine Wahi - Yukako Yamashita, 2020
Photograph with Digital background and Art works
Stylist Sumire Hayakawa
Hair/Make-up NORI
Retouched by Shinji Uezumi, Taichi Imai
CG by CyebrHuman Productions.Inc